愛するということ
“どれほど深く信じ合っても、わからないこともあるでしょう
その孤独と寄り添い生きることが、「愛する」ということかもしれないから…“
(福山雅治さんの「家族になろうよ」より)
以前にも、このブログで「家族になろうよ」については触れたような記憶もあるのですが、本日もまた、どうしても書きたくなりまして…
(「家族になろうよ」は、私たち結婚相談所にとっては、テーマ曲というか、応援歌というか、校歌みたいなものなので…笑)
特に、私個人的には、この部分の歌詞が好きです。
「愛するとはどういうこと?」という問いに対しての、まさに最も的確な答えなのではないかと思います。
もし、「好きとはどういうこと?」と問われたら、「そばにいるだけでドキドキする」とか「ずっと一緒にいたいと思う」とか、「いつもその人のことばかり考えてしまう」とか、そういった“自分の感情”で説明することができます。
でも、「愛するとはどういうこと?」と問われたら、単純に“自分の感情”だけで説明することは難しいですし、突き詰めて考えていくと、「好き」との明確な違いも、なんだかよくわからなくなってくるかもしれません。
たぶん「好き」よりは、もう一段上のところにあるのが「愛する」ということで、ただの恋愛なら「好き」だけでいいような気がするけど、「結婚」となると、その上の「愛するまで必要なんだろうな~」と、いうことは、なんとなくイメージはできると思います。
でも…
婚活に疲れた頭で、それを考えだしたら、「結局のところ、愛するって、なんなん?」と、その答えを探し求めて、無限ループに入り込んでしまうこともあるかもしれません。
そんな時こそ、その答えは「家族になろうよ」の歌詞の中にあります。
“孤独と寄り添い生きることが、「愛する」ということ”
それは間違いなく、その探し求めていた答えの一つだと思います。
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